ぶろぐ・とふん

扉野良人(とびらのらびと)のブログ

私の人生を狂わせた一冊

 昨年の終わり、『アックス』Vol.132の、特集「私の人生を狂わせた一冊」に寄稿した文を再掲します。

 

私の人生を狂わせた一冊

 

扉野良人

 

 それは、『月の輪書林古書目録9 特集古河三樹松散歩』(一九九六年二月発行)。この目録が届いた時の衝撃はわたしの人生の地軸をズラした。その前年の夏、私は月の輪書林店主高橋徹さんと浅草の牛鍋屋で向かいあわせに座った。その日、浪曲などの演芸場で知られる木馬館で、『思想の科学』主催のイベントがあり、そのため京都から青春18きっぷを使って上京したのだった。その年の春(同年一月に阪神大震災、三月に地下鉄サリン事件があった)に東京の美術大学を卒業し、生家の寺で父住職のもと、私は跡目を嗣ぐべく檀家参りを手伝わされていた。上京の車中では、講談社文芸文庫木山捷平『大陸の細道』を読んで感動、その足で浅草へ向かった。その木山の本で覚えた岩野泡鳴の、「何の 為めに 僕、/樺太へ 来たのか 分からない/蟹の 缶詰、何だ それが?」と始まる詩は、今でもデタラメにつぶやく時がある。出来ることならこのまま東京に舞い戻りたいと考えていた。木馬館で客席に古本屋のいることを知った。古本屋の店主から目を離さず、私は打ち上げの席で店主の前に座ったのだった。何を話したのか覚えていない。「君は古本屋になりなさい」と月の輪さんに言われたのをハッキリ覚えている。月の輪さんの隣には坪内祐三さんが座っていて、月の輪さんの意見に同意していた。それから数ヶ月後、『月の輪書林古書目録9』が届いた。目録を閉じ、わたしは月の輪書林に弟子入りを決意し、「父母を怒りをどらし我もいかり/或夜飄然と家出【ルビ・いで】んと思ふ」と木山の歌を添えて月の輪さんに便りを出した。