ぶろぐ・とふん

扉野良人(とびらのらびと)のブログ

卒園式

 先日、次男の卒園式で祝辞を読んだ。その全文を固有名詞を伏してここに留めておく。

 

 

 みなさん、卒園おめでとうございます。

 四月から小学生ですね。きっと期待と不安で胸がいっぱいだと思います。

 

 みんなは、ここL保育園で、とてもとても長い時間を過ごしたと思います。そう、時間は小さな時であればあるほど長いのです。大人はよく、「あっというまに時間が過ぎる」と言うけど、不思議でしょう。どうしてなのかな。

 K寺へ行ったら、たくさん大きな木が生えていますね。あの大きな木はどのくらい時間をかけて、あんなに大きくなったのでしょう。みんなが覚えているより、ずっと前から、お父さんや、お母さんが覚えているよりずっとずっと前から、あの大きな木はありました。おじいちゃんやおばあちゃんが、みんなくらいの時、あの木は今より小さくて若い木だったかもしれません。それでも夏にはたくさんの葉っぱを繁らせていたことでしょう。

 木というのは、大きくなるのにそれだけ時間がかかるのです。毎日、木を見ていても、その背が伸びる様子はわかりません。でも、目に見えないくらいのゆっくりとした時間をかけて、木は少しずつ成長しているのです。

 木は、幹に張った枝と同じくらいの大きさで、地面の下に根っこが広がっているそうです。木は、その根から水や養分を吸い、また枝の先の葉っぱからは、太陽の光を受けて呼吸をしています。私たちがごはんを食べたり、息をしたりするのと同じです。そうしながら、何十年、何百年とかけて、見あげるような大きな木になるのです。

 みんなは、ここL保育園でとても長い時間を過ごしました。それは、木が、空へ向かって伸びていくのと同時、大地へしっかり根を張って成長していく時間でした。

 小学生になると、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの送り迎えがなくなりますね。そんなことを聞いたら、ドキドキするなぁ。でも、それはほんの少し森へ冒険に出ることだと思ってみてはどうかな。森には、しっかり根を張った木があって、森にやってきたあなたたちを守ってくれます。しっかり根を張った木、というのはもちろん、われわれ大人のことです。

 最後に、ひとつ子どもの詩を読ませていただきます。

 今から六十六年前、和歌山県九度山の小学六年生の男の子が書いた詩です。

 

 

ぼくとこの

柱に

根があるといいなあ。

根があったら

こえやって

家を大きく

するんだがなあ。

 

 

 「家」にも根が生えてるのですね。それはすなわち根の張った家庭、自分も家族の一員として、しっかり根を張りたいという気持ちが現れています。根を張った家、根を張った学校、根を張った社会を私たちは育まねばならないと思います。

 

 みんな、一年生になったら、このL保育園で過ごした時間と、先生や家族や友だちとの思い出を根っこにして、ぐんぐんと大きくなってください。

 

平成三十一年三月某日

J.I.