ぶろぐ・とふん

扉野良人(とびらのらびと)のブログ

鶴見さんのこと 鶴見俊輔 × 浮田要三 対談

 鶴見俊輔さんの訃報があって3日が経つ。
 いろいろ思いだすことがある。そのときどきの言葉、度の強いメガネの奥にのぞく瞳の大きさ。
 二十数年前、まだ東京で学生だったころ、わたしは黒川創さんに誘われて、『思想の科学』の編集会議へ大久保にあった思想の科学社へ毎月通っていた。編集会議は、社屋(社屋といっても、それは上野博正さんの診療所と住居を兼ねたビルの一階が思想の科学社の編集室となっていた)の地下で、まるで非合法組織のアジトのような、本の山に囲われた薄暗いテーブルを、十名たらずの編集委員が囲んで行われた。当時、六十代後半の鶴見さんは、京都から単身東京へやってきて編集会議に参加した(編集会議での上京を鶴見さんが長年続けていた最後の時期である)。議題の中心は、数ヶ月先の特集をどのように組むかについてだが、話が横道にそれて、鶴見さんが語りだされることに耳を傾けることがしばしばあった。
 わたしが覚えているのは、新築地劇団の役者で「ブラリひょうたん」などの軽快なエッセイで知られた高田保の転向について、鶴見さんが話されたこと。鶴見さんの言われたことを正確に伝えることはできないが、声を高くして高田保の転向の理由を讃えられた。


高田保の転向理由は、おのれの思想上に置かれなかったんだ。彼は、彼の細君と家族を守るために転向したんだ。転向の理由に“家族”を理由にあげたのは高田保以外にいなかったんだよ。高田保は偉いんだ!」


 編集会議を終えて、鶴見さんや編集委員の面々といっしょに大久保のフィリッピン料理の店へ入った。
 鶴見さんが飲み物に注文するのはコーラだった。「コーラは、ぼくにとって不良であることの証なんだ」とおっしゃって、鶴見さんはコーラをストローですすった。糖尿の気があるらしく、ふだんは甘いものを控えておられるようだった。しかし、鶴見さんとコーラは長い縁で結ばれている。15歳で渡米し、コンコードに下宿していたころ、コーラはドラッグストアで飲むことが出来たと回想されているから、その不良たる証は十代にさかのぼるものだったのかもしれない。

 そうたくさんではないけれど、鶴見さんのことを、まだいくつか書きたくもある。
 でも、それは書いてしまうと、自分が記憶しているものと、どうも違う実像になるような気がする。とはいえ、いずれまた書くことにする。



 急遽、『浮田要三の仕事』の栞を作成している。
 栞には、2006年秋、鶴見さんと浮田さんによる対談を収録する。
 そのころ、わたしは『きりん』と、そこに収録された子どもの絵を紹介する本を計画して本を作ろうとしていた。だが、『きりん』について知れば知るほど、『きりん』の魅力にからめとられてしまい、それまで知識としてあった、子どもの絵と具体美術の関わりから語られる文脈だけでは収まりきらない『きりん』像が見えてきた。
 しかし、その出版は、わたし自身が非力だったため刊行予告もされていたのだが未刊となった。
 出版を依頼した版元をはじめ、たくさんの方にご迷惑をかけた。浮田さんも楽しみにしてくださっていたのだが。


 『浮田要三の仕事』は、浮田要三の約89年の生涯の拡がりのなかで、9年前にわたしが投げ出してしまった仕事からもういちど組み直して、一冊にまとめたいという思いがあった。
 作品集の第2章に置かれた「『きりん』時代」はわずか10ベージの章だが、20代から30代にかけて、浮田さんがいかに『きりん』とともに過ごされたかを凝縮している。『きりん』のすべてが凝縮されているわけではない。にもかかわらずそれは、およそ十数年前に『きりん』に魅了され、その誌面をくまなく眺め、また読み、そして浮田さんからいろいろ話を聞いてきたという背景をもっての凝縮だと感じている。
 わたしは、いつか『『きりん』の時代』(月並なタイトルだが)という一冊を作ることが出来ればと願っている。

 さて鶴見さんとの対談は、その9年前の未刊の『きりん』の本に収録する予定だった。
 浮田さんは『きりん』編集者だったとき一度だけ鶴見さんと会ったことがあった。『きりん』について話をするという会で、そのとき鶴見さんが足立巻一さんと連れ立って来られたのだという。浮田さんは、あるオーラをもつ存在として鶴見さんのことを記憶していた。鶴見さんは、足立さんを通じて『きりん』と浮田さんのことを知っていた。
 
 『浮田要三の仕事』が完成し、鶴見さんに献本しようと思っていた矢先の訃報であった。

 当初、対談は『浮田要三の仕事』に収録を計画していた。しかし、対談の内容が『きりん』を中心に語られるため、編集の過程で作品集のなかに収まる場所が生まれず断念した。
 わたしは鶴見さんと浮田さんの対談を未発表のまま死蔵しておくことが、これ以上できないと思った。
 鶴見さんと浮田さんの対談を収める栞を制作するゆえんである。



浮田要三の仕事』 栞
 発行日 - 8月8日
 体裁 - 230 × 230mm 無綴 8ページ

 対談 : 点と点を結ぶもの 鶴見俊輔 × 浮田要三